奈屋浦の大釣り
 
 翌年の五十九年になると、飼いつけしようとする前に、94号に既に釣人がいた。大江浜から見渡す限りでは、釣れているかそうでないかはわからなかったが、見込みがあると思うからその人はそこで釣っているのである。少なくとも私が94号を開拓するまでは、あそこには誰も釣人は入っていなかったはずだ。そうであるのに他人がいるということは、私の釣るのを見たか、あるいは誰かに聞いたのだろう。

 ボートで渡らないと行けないようなところにも、釣人の波は押し寄せてきていた。既に94号は私専用の場所ではなくなっていた。誰もいないときに渡ってみると、中型は釣れたが既にクチジロの影は失せていた。場荒れしたのであろう。

 クチジロが釣れないのなら、わざわざ94号までボートで行く必要はなかった。クロダイなどどこにでもいる魚であるから、車から降りてすぐ竿を出せる場所が理想的なのは言うまでもない。欲をいえばそんなところで50pもの大物が釣れたらいうことはないのであるが、そんなことは滅多にないのである。だからわさわざイカダに乗ってみたり、船を出したりするわけであるが、大型が釣れる可能性が少ないとなるとその必要もない。

 そうはいうものの、大江浜ではあまりにも型が小さかった。15pから17pしかないのである。ただ数は多く、I氏などは午前中だけで30枚以上釣っていた。大体においてこの場所の早期のシラは小さい。

 いくら数が多くても、あまりに小さいので奈屋浦堤防へ行った。釣れる数は少ないよりも多く、釣れる型は小さいよりも大きい方がいいに決まっている。私の場合このとき後者を選んだ。数を釣るには腕で、型は場所と運である。腕では師匠のI氏にかなわないから、大江では釣り負ける。が、そのことよりもツエに出会ったせいか、どうも少し贅沢になったようである。

 奈屋浦は前述したかさらぎ池へ向かう途中にある漁港である。どこの漁港でも年々堤防が増築されているがここもその例にもれず、昨年建築された新しい堤防で釣ることにした。

 堤防の根元の所にはテトラが入っており、その前方には干潮時に姿を現す小磯があった。この小磯がクロダイの絶好の住家になっていたようである。根魚も多く、干潮時にガシラを狙って釣る人もいた。だが、そのころはクロダイを釣っている人はいなかったように思う。ここで紀州釣りをした人は、今まであまりいなかったのではないだろうか。


 普通堤防では先端付近をポイントにする場合が多いが、あまりに深すぎて固定ウキでは不可能だった。そこで根元のテトラの切れ目のところに釣座をとることにした。ここは比較的浅かったが、それでも大潮満潮時には3ヒロちかくあった。

 ウキを固定にする場合、釣座が水面から高いことが条件で、ウキ下は3ヒロが限界であろう。これ以上水深がある場合は誘導仕掛けにせざるを得ない。

 最近はほとんどの人が、水深にかかわらず誘導仕掛けでスピニングリールを使用している。この方式では仕掛け回収の度にリールを巻くので、リールから出ている道糸の長さが定まらず、一定のポイントを作りにくい難点がある。


 これに対して固定仕掛けで両軸受けリールの場合は、道糸を回収するときにいちいちリールを巻かず手繰り上げるので、常に仕掛けを同じ間隔で投入でき、一定のポイントを作りやすい利点がある。

 また固定ウキのほうが、誘導よりもウキがなじみやすく、アタリが鮮明に出るように思う。そんなわけで私の場合、3ヒロより浅いウキ下を釣る時は固定ウキで両軸受リールと決めていた。

 釣座が決まった場合、釣果は打ち返しの回数と大きく関係することは既に述べた。打ち返しを多くするためには、竿は出来るだけ軽い方がいい。竿がいくら軽くても、リールが重すぎて相殺していては何にもならない。そういう意味でも、リールはスピニングよりも両軸のほうに分があった。最近などは木ゴマリールを愛用している。さらに軽いし、一対一のギヤ比が魚と対等に向かい合えて素敵だ。

多くの打ち返しのためには、竿受けなど無用である。あればどうしても利用するし、竿受けに竿を掛け、ウキを見つめている時間が長くなる。竿受けを利用していつまでもウキを眺めている暇があったら、その分打ち返すべきである。

 このような考察と経験から、堤防での私のベストタックルを記そう。竿はハエ竿改造4m50で自重は僅か90?しかない。リールは両軸受け、または木ゴマ、あるいはカーボン製の鳴門型である。ウキは固定で自作し材質は孔雀。誘導仕掛けなど、余程水深のあるところか、釣座が低いところしか使わないのである。  
 
奈屋浦はそういう意味でもベストな状態で釣りができた。ここのシラは大江のそれよりひとまわり型が上回っていたのが魅力であった。同じ二歳でも20pに満たないものが数が出るのと、それ以上のものが数揃うのとではやはり後者に軍配が上がる。それどころか、たまに30pから40pまでのものも顔を見せたのである。大江に比べて外洋に近いということと、近くの沈み磯、また適度な水深がこのような釣果をもたらしているのだろう。
 
六月末から七月初旬には赤潮が発生し、奈屋浦をコーヒー色に染めた。堤防の際には死んだ魚が浮き、到底釣りにならなかった。赤潮が表層のみにとどまり、底まで及んでいないときには魚はまだ釣れるが、今回の赤潮はひどく底まで酸欠状態になり、養殖業者の被害は甚大で何億にも達した。 

釣行記 7に続く