思わぬハプニング


 次の日、昨夜の反省から、はやる心を押さえてわざとゆっくり出かけた。十一時頃に家を出て、立神内の細い道を大清戸へ向かう。タバコ屋の前にさしかかったとき、右手前方の家から車がバックで出てきた。私は直進していたので、そのうち気づいて止まるだろうとそのまま行くと、予想に反してその車のバンパーは私の車の前方に当たった。


 細い道だったので速度は控えていた。また、昨夜のことからも急いで行っても意味はないと、自分に言い聞かせてもいた。しかし、事故の相手がいちいちそんなことを知るわけはない。


 すぐに車のオーナーが降りてきて、私に謝罪し名刺をくれた。私も連絡先を告げ、後は保険屋同士の示談にしようと話はまとまった。とにかく元通りになおしてくれたらいいと、彼に言いすぐに立ち去ろうとすると、警察に一緒に行ってくれないかという。 警察は忙しいから、こんなへんぴな所まで来ませんよ。何、後から行けばいいでしょう。何ならあなた一人で行って来てください。私はあそこで釣りをしてますからと、大清戸の方角を指差し、さっさとその場を立ち去ってしまった。たがが事故ぐらいで、今日の釣りを断念するのはご免被りたい。


 少々へこんでいようが車など動けばいいのである。どうせボロ車だし、釣りに行くのに何ら支障はなかった。

 釣り場に着くと、ロープの交差点はそのまま保存されていた。昨日と何ら変わりはない。

 今日は時間もたっぷりある。舟の下のチヌ以来、見えている魚は食うと確信があった。しかも今度は大物揃いときている。


 ダンゴの投入点はロープの交差点から約4m。ウキ下は一ヒロとやはり浅い。アケミ貝をサシ餌にして根気よく打ち返す。フグ、ハゼとまず外道がかかってくる。少し後ろを振り返ると、やつらの様子が釣座から容易に見渡せる。しかし、一時間経ってもやつらは変化を見せない。やつらが消えたときが、チャンスだと常に念じながら、これでもかこれでもかと、後ろを振り返りつつ打ち返しを続ける。しかし、二時間が経過しても突破口は開けない。


 三時間になんなんとするころ、何気なく振り返ると、ついにロープの交差点から魚影がなくなった。

 その直後である。ウキがツンツンと段階的に沈んでいったのは
…。

 合わせると、一瞬動かない。いや動いている。海底を重いものが這っているようだ。地球の底が動いているようだ。


 「あいつだ!」


 私は直感した。あのクチジロである。まさか一番初めに食ってくるとは。しかし、群の中で一番大きいやつが最初に食うことは今までにも経験済みだ。


 備えが不足していた。恐ろしかった。あのクチジロは、今私のハリに掛かっている。けれどもやつは私が竿をあおっても、何ら抵抗をせず、ごく普通に泳いでいる様子なのである。たぶん自分がハリ掛かりをしていることに気がつかないのであろう。


 これは初めての経験であった。釣り上げる自信を喪失した。

 視認した状態で、やつがあまりにも大きすぎたせいもある。おまけに、ハリ掛かりした後の態度が鷹揚すぎるのだ。このままほうっておいたら、やつは永久に気がつかないかもしれない。さらに1mほど進んでいく。

 このままでは埒があかないので、再度合わせを入れてみた。

  突然やつは動き出した。物凄い突進力である。今にも竿が折れそうだ。何とかこらえようとしたら、浅瀬に向かって逸走し始めた。竿が斜めになろうとしている。こらえきれない。

  急に竿が軽くなった。ハリス切れである。浅瀬に突進した際に、やつは豊富な蠣にハリスを擦りつけたのであろう。
よじれたように切れていた。


 呆然としてしてしまった。頭が真っ白になった私は、ハリスを3号に交換していた。1.7号で切れたのだから3号に変えたわけだが、今から考えればハリスの強度が問題ではなく、蠣にこすりつけたから切れたわけで、まるで意味のないハリス交換だったといえよう。道糸が3号でハリスも3号とはひどい糸バランスである。
 だが3号でもその後31p、30pと釣れ、クチジロは逃がしたが見えている魚を釣るという目的は達成できた。たぶんここのチヌは釣人を知らなかったのだろう。


 夕方事故の相手の人が徒歩で現れた。車がマークUなので狭い道をここまでは入って来れなかったという。なんでも警察へ行ったら、巡査が後から私にも来てくれと言っているらしい。ああそうですかわかりました、といい加減な返事をしてその後も釣り続けていたら、日が暮れてしまった。

 帰宅してから晩飯後、交番へ行った。しかし中には誰もおらずクーラーだけが順調に作動していた。そこら中叫んでみても、やはり応答はない。いつも駐車しているパトカーも見えないので、大方外出中なのだろう。人に来いと伝えておいて、留守とは多少不愉快だったが、仕方がないのでまた来ると書きおきして一旦家に戻った。


 事故の相手の人と連絡を取り、再度交番へ行くと今度は巡査がいた。事故を起こしておいて釣りをしているとは何事かと文句をいうので、いやその釣った魚をお巡りさんにあげようと思って持ってきたのですがと差し出すと、急に彼は笑顔になって調書をとった。車の写真を撮って後は適当に示談書等を書き、最後は交番の水道で魚を入れて来たクーラーを洗って帰った。実にのどかな一日であった。何でも交番が留守だったのは、賢島で土左衛門が上がったかららしい。クーラがつけっぱなしだった理由は知らない。

 結局私には50p
超えるものを釣るに縁がないように思われた。逃げたクチジロは目測60p近かった。もう少し余裕と水深が深ければ何とか獲れたかもしれないが、浅瀬に乗り上げられたことと、釣り上げる自信を喪失したことが敗因であったのだろう。

 しかし次の日もロープの交差点にはチヌが居着き、44pと30p級を数枚仕留めた。44pなど三年物とたいして違わないくらいの引きであった。
 

 
大清戸 2
 

 夕方隣の真珠小屋の下を見に行くと、浅瀬に30p級と50pに近いものが見えた。そいつらは次の日にも同じ場所におり、夕方になると現れるのを常としているようだった。 

 ある雨の日私はその場所に行き、2匹とも釣ってしまった。真下にいたものだから、逆に沖にダンゴを投げ、食ってきたのは五時ごろであった。まず33pが、次に47pが食って来た。47pは流石によく引き、クチジロを逃がした反省から、竿を持って平行移動することで対応した。


 このようにして、私は見えていた魚はクチジロを除いて、ほとんど全てを釣ってしまった。当然ロープの交差点にもチヌはいなくなり、この岸界隈には見えなくなってしまったのである。そこでまた以前の対岸に戻ることにした。

 八月中はチヌたちは陽性なのかバラしてもあまり影響なく、細かいことにこだわらずに釣ることができた。しかし九月に入ると見えていた魚に変化が出だしたのである。

 ある時30p級の群れを発見したので、そこを釣る場所と決め、別の場所を見に行ってから戻ってみると、既に群れは消えていた。その後そこで3時間粘って見たが、キビレ1尾に終わった。どうも私を危険な釣り人と認め、逃げたようだ。


 ある時は50p級を1尾発見したので、およそ1m目の前に小石を放り込んでやると、そいつは興味を示し30pほど寄ってくるがプイともとに戻ってしまった。

 またある時は50p級がいつもそこにいるので粘ってみるが、見えているのは初めだけで、いつの間にかどこかへ行ってしまい、同じ場所に三日間通いつめたがだめだった。

 また別の時は松ヶ崎の真珠小屋へ行き、魚影の有無を確認した後釣る許可をもらい、ダンゴを放り込むがボラさえ寄らず釣れても20p級でアタリも少なかった。納竿して岸近くで小便をしていると、あざ笑うかのように50p級がいた。放尿音に驚いてやつは逃げ、再び姿を現さなかった。

 そんな調子で、見えている魚が釣れたのは八月中だけで、九月に入ってからというもの姿は見えても釣り始めるといなくなってしまったり、最初はいてもいつの間にか消えていた。どうもこの場所で大型を含め、十枚ほどのチヌをを釣ってしまったので、彼らは私という釣り人を学習したらしい。


 見えている魚が食うというのは、釣り糸を垂れている間中、魚はその周りにいなければならない。八月中はそれができた。しかしそれ以降は皆そのことから外れていた。水温の低下もあいまってチヌたちは陰険性を帯びつつあった。 
 


イカダでのウキ釣り


 O氏は賢島プライムリゾート下に通い詰め、一週間目にやっと37pを仕留めたらしい。夏に私も彼と初めてそこに行ったのだが、険しい山道を荷物を抱えて降りなければならず、釣り場に着くとマムシは潜むしヤブ蚊の巣で、二時間粘ったけれどもまるで反応がなく、私はそこを放り出した。


 しかしO氏はその後毎日行ってマキ餌をし続けたようだ。その結果とうとう寄せて釣ってしまうのだから、すごい粘りである。

 S氏は安乗の大堤防に通い、遠投人を決め込んで大いに釣果をあげ、何でも名人の称号を得ているらしい。ポイントは遠ければ遠いほどいいと信じ込んで、ウキが見えないほど遠くに投げ、双眼鏡でウキアタリをよむという大変な人もいるそうだ。双眼鏡はS氏の専売特許だが、流石に実際の釣りにはばかげているともらしていた。


また今年から筏釣りを始めた拓銀保養所の管理人Y氏は、志摩観光ホテル下のイカダに通い、37pをあげていた。私もそこに誘われたので、筏でのウキ釣りを試してみた。ここは水深があるので誘導仕掛けを使い、ウキが下に落ちないように、掛け竿を使用した。市販の仕掛けで固定ウキだが、魚がかかると誘導になるものがあったが、使ってみたところよくなかったので、この方法を考案したのである。

 筏でのウキ釣りなど邪道のようだが、やはりウキの方がアタリがよくわかり、ダンゴが割れた後も流れるので、広範囲を探ることができた。

 掛け竿の先にはハンガーをU字型の部分をくくりつけ、それでウキの根本を引っかけて回収した。少々面倒だが、こうしないとダンゴ投入時にウキが仕掛けに絡まって一緒に沈んでしまい、浮いてこないことがあるからだ。


 このウキ釣りの欠点は潮の流れが速いときはお手上げになり、釣り人が多いときは仕掛けが流れるので迷惑になるということである。竿はやはりヘラ竿を改造し、3mのものを使った。

 T氏もここに現れたが、サヨリ釣りに走り、チヌ釣りはしなくなってしまった。彼は昨年よく釣れるときに入門したものだから、釣れて当たり前だと考えていたようだ。 Y氏はそんな彼を多少非難していた。

  かくてシーズンは終わったのである。

釣行記 28に続く

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