台風の最中
 

 九月中旬の休日は台風が襲来した。しかし私は釣行した。台風であろうとなかろうと食いに変わりはなかった。一度は台風通過後、二度目は通過中であった。台風の最中に釣りに行くなど、危険極まりないと読者は思うだろうが、湾内であるので大波も起こらず、釣りにならないことはなかった。

 そうはいうもののやはり風は強く、時折突風が竿をあおった。後ろから風に煽られると、仕掛けの回収が大変である。まるでウキで凧上げをしているようなもので、風が収まるまで凧は戻ってこなかった。台風の規模が比較的小型の部類であったため、なんとか釣りは成立したが、中大型だったなら釣行を断念していただろう。台風は通過中よりも、その後の方が巻き返しの風が強い。たとえ、暴風警報が解除されたといっても油断は禁物である。巡航船や観光船も運行していなかったし、漁師たちも給油にこなかった。そんな日に、ひとりイカダでツエを狙っていた私は、異常であったというべきだろう。

 台風の際はその規模にかかわらず、釣行は止めるべきである。こんなことは常識であるが、釣師は目先の獲物に目がくらんで、理性の働かないことがある。このときの私がまさにそれであった。

 台風時はエサ取りのフグがひどく多く、エビ、ミノムシ、アケミ貝等どのような餌をもってしてもすぐ盗られてしまった。

 だが、本物が食うときは、うるさいくらいのエサ取りどものアタリが、不思議とピタリと止まってしまうのである。

 Sセンターのシラのアタリは神明のものと変わりなく、むしろ明確だった。二、三度の前アタリの後、ゆっくりとウキが入っていった。30pまでのものはほとんどこのパターンだったが、35pを越えるツエはさらに明確だった。ダンゴが着底するとすぐに、自らダンゴを割りにきて、そのままサシ餌を引っこ抜き、飲み込んだ後走り出すのである。まるでボラのアタリのようであり、そのパワーもひけをとらなかった。

 イカダの下に吊り下げてあった貝カゴに、巻きつかせてしまった失敗は先に書いた。もう一つの、思わぬしくじりがあったことを記そう。

 それはツエを掛けたとき、その引きにリールシートが耐えられず、リールが竿から外れてしまったのである。私の竿のリールシートは、両軸受けリールを使用するため、小さいものが装着してあった。だが、このときはスピニングリールを使っていたため、リール軸が大きく、シートはややリール本体を持て余し気味だった。それに10年以上も使っているため、シート自体も少し弱ってきていた。

 このシート、シラの場合は問題なかったが、ツエの強引な逸走にはギブアップした。狼狽したことこの上なかった。シートから外れているので、リールが巻けないのである。必死で竿を立て、ロープに道糸をすり切られないように獲物の突進を食い止めながら、やっとのことでリールをつけ直し、イカダの下に潜り込んだのを引きずり出してタモ入れした。

 37pであった。このツエは頭が大きく体高があり、頭だけ見たら40pを越えている感があった。貝カゴの時といいこの時といい、よくもまあバラさずに獲れたものだと、今更ながらホッとするのである。
 

 AT氏とKS氏
 

 AT氏は私が釣りをしていると、夕方になるといつも現れてアジ釣りをしていた。私の隣にはマキ餌がきいているので、アジの食いが良いと言い、事実多くを釣り上げて帰っていった。

 彼は私がフグを釣って放そうとすると、もったいないからくれと言う。差し出すと彼はフグの頭をナイフで断ち割り、上手に皮を剥いでムキ身にした。ひょっとして食べるつもりですか、と質問すると当然だと答える。こんな旨いものはないともつけ加える。

 しかし毒があるでしょうと聞くと、なに少しピリピリするだけだよと簡単に一笑されてしまった。

 そりゃあフグは旨いだろうが、素人料理で食べて死んだら洒落にならない。しかし、彼は今まで何度もこの様にして食べたが、あたったことは一度もないと豪語していた。
 

 KS氏にはSセンターの場所を教えてもらったので、釣果を報告した。すると彼は自分の店の休みの日に釣行すると意気込んでいた。

 その日私は勤務の帰りにSセンターをひやかしに行った。するとKT氏は妹婿と一緒に釣っているが、幾分元気がない。どうしたのですかと尋ねると、大きいのを水面まで上げてきて、二回もバラしたと言うのである。ここはフグが多いので、フグを釣った後ハリスをいちいち点検しないと、そういうことになりますよとアドバイスした。私は常にハリスの点検をしていたので、そんなことはなかったが、彼は気が回らなかったようだ。

 そうこう言っているうちに彼の妹婿の竿が曲がった。相当の引きである。ウキもつけずに釣っていたので強引に巻き上げている。タモ入れしたのは40p近かった。

 さらに彼は獲物を仕留め、これも先程と同程度の型だった。気の毒にもKS氏は坊主に終り、完全に面目を失っていたようである。

 一緒に連れていった人に釣れて、自分に釣れなかったのは、さぞかし無念であったことだと思う。
 

 次の日は祭日であったので、今度は私が釣行した。昨日ツエが4枚もハリ掛りしていることに気をよくしていた。結果は予想に違わず、40p級3枚と27pを2枚仕留めた。最大は44pでSセンターで釣ったツエの中で一番大きかった。引きも際立っていたのは言うまでもない。
 

 ハリス一考
 

 クロダイ釣りには細ハリスということをよく耳にする。実際佐田浜のカイヅには、0.6号のハリスを使っている人がほとんどだった。カイヅは目がよいということなので、細くしていたのであろう。

 カイヅにハリスを見にくくするために、細くしていたのだろうか。確かにハリスは細ければ細いほど見えにくいであろう。この考え方でいくと、カイヅたちにハリスの存在に気づかせずに、サシ餌を食わせるには細くなければならない。

 だが、カイヅが2号のハリスでも釣れるのはどういう訳であろう。事実私はカイヅだろうかシラだろうが、太いハリスで何枚も食わせている。佐田浜以来二十年この方、0.6号のハリスなど使ったことがないのである。それどころか、私の使ったハリスはほとんどが2号で、今年になってようやく1.7号を使い出したくらいだ。

 クロダイは太いハリスでも充分就餌するのである。特に紀州釣りではダンゴを使って濁りを出すために、魚にハリスが見えていようがいまいがそんなことは関係がない。濁りを好む魚であることから、濁りの中ではハリスの太さは問題にならない。視界の悪い中で彼らはハリスの存在を気にしていないだろう。

 それよりも、彼らは視覚より嗅覚で就餌するようにも思われる。サナギやオキアミの強烈な匂いに寄ってくることから、そのように考えられるのである。濁りで視力が弱まり、サナギの匂いに嗅覚を刺激されて、たとえ太いハリスでも食いついてしまうのである。

 結論からいえばクロダイ釣りに細ハリスは必要ない。逆に細いとデメリットの方が多いのである。まず大型を掛けたときにバラしにつながる。2号で食うものを1号を使ったために、バラしてしまったという話をよく聞く。そんなときは悔やみ切れない。その次には外道の代表のボラをあしらえない。ボラをバラすとポンイトが著しく荒れてしまう。それ故少なくとも、40p級のボラを釣り獲るだけの強度が必要である。

 そういう意味ではハリスは2号が適当である。大型のツエでもボラでもバラすことはまずありえないし、ボラなどはたぐりあげても切れない。

 ただ、この太さでは根ががりの際に、頑丈すぎて切れにくい難点がある。従来のナイロンハリスでは問題なかったが、より強度のあるフロロカーボン製ハリスが全盛の現代では、2号は太すぎるようである。そこで私は1.7号を使用するようになったのだ。

 ハリスの長さであるが、私は通常80p取っているが、食いが悪くなるとさらに50pほど長くする。これもあまり長くするとアタリが分かりにくくなる。ハリとオモリの間隔は短いほうがアタリはウキに伝わりやすいからだ。

 1.7号ハリス80pで釣っていて、食いが悪くなると50p長くし、それでも駄目なときハリスの号数を落とすことにしている。

 今年神明で、マキ餌を始めてから2時間も経つのに釣れなかったことがあった。小アタリは出て、エサはかじられているのだが、食い込まないのである。ハリスを長くしても変化はなかった。この時のハリスは1.7号であった。

 そこで1.2号を同じ長さにして試してみると、一発でウキ入れしたのである。釣り上げたやつを開腹してみると、胃はパンパンに膨れ上がりマキ餌で一杯であった。

 その後も釣れるには釣れたが、居食いしたりしてすこぶる食いは悪かった。引きも弱くフグと間違えるくらいの力ないものである。

 このように書くと誰もがハリスは細い方がいいと思うだろう。確かに細いほうが食いはいいようである。しかし、細くするのは食いをよくするためのもので、決して見えにくくするためではない。細いほうが就餌の際にかかる抵抗が少なく、警戒心が薄れるだけのことである。

 要は彼らにとってハリスが見えていようがいまいが、そんなことは問題でないのだ。恐らくは見えているだろうが、彼らはハリスが自分達の生命に危険を及ぼすということを察知するだけの能力はない。このことは、ハリがサシ餌から出ていても食うことからも納得できる。

 どうしても食いの悪いときは、ハリスを細くするのも一つの方法であろう。しかし、ハリスを細くしたから食うというのは、確率として低いように思う。大抵は細くしなくても食うときは食うのである。大型を掛けたときに安心して取りめることからも、やはりハリスは太いほうが無難だ。

 スリリングなやり取りを楽しむために、わざと細ハリスを好んで使う釣師がいる。確かに0.6号ものハリスで大物を仕留めるには相当の腕が必要であるし、緊張感も極度に達するだろう。しかし、バラシの多いことは避けられない。大型を数多くバラすことは魚をスレさせることになり、ハリを飲み込んだクロダイを増やすことになる。これは生物虐待である。ゲームフィッシングを楽しむのもいいが、魚をいじめるのは感心できない。気分よく取り込んで、釣師の腹に収まったほうが、魚にとっても幸福だろうと考えるが、どうであろうか。


釣行記 24に続く

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