Sセンター
 

 賢島のSセンターは、神明漁業協同組合の経営する施設で、国からの援助を受けていた。ここではアコヤ貝を増殖し、愛媛県など他の地域にも出荷していた。

 漁協の管理している施設なので、無断で入ることはできなかった。KS氏によれば、職員にあらかじめ許可をもらえば釣らせてくれるらしい。彼は以前ここに釣行したことがあり、ガシラやフグなどを釣ったと言う。役場の職員がツエを釣ったという話も聞いたことがあるし、大型の魚影も濃いということだ。

 くねくねとした細い山道を通り、センターに着くと事務所らしきものがあった。ドアをノックすると中年の職員が一人いた。ここで釣らせてくれないかとお願いすると、彼は親切にも釣
り場所まで示してくれるのであった。この人が後で分かったことだが、所長のKT氏であった。

 釣座はイカダの浮力になっているのブイの上で、ひどく不安定だった。釣りイカダの場合は枠組の上に板張りをして、釣り易くしてあるのだが、ここのイカダにはそんなものはなかった。真下にはすぐ海面が見えて、釣座から直接水を汲んだり、手を洗うことができた。

 目の前の桟橋は漁船の給油所で、ひっきりなしに船が往来していた。そのたびに船の引き起こす波にイカダが揺れ、時には海水をかぶることもあった。

 釣座がひどく低いので、ウキは誘導仕掛けを使った。タナも深く、干潮時で3ヒロはあった。

 釣り始めたら、KT氏がやってきて、少し前はイカダの下にツエが見えていたのだが、最近は姿がないと言う。彼も釣り好きなのかも知れない。

 午後一時から三時三十分までフグの猛襲が続いた。時折カワハギも混じり、エサ取りどものアタリはひっきりなしであった。

 今までなら、二時間粘って本物が釣れなかったら、諦めて納竿していたのであるが、あまりにエサ取りが騒ぐので、本物の可能性を感じた。餌はすぐ盗られるので、つけかえてダンゴに包み、積極的に投入を繰り返した。

 四時前に24pが首を振りながら上がってきた。やはり本物はいたのである。気合いを入れてマキ餌にサナギを多めに入れて、新しくつくりかえた。

 四時過ぎ、ボラのようなアタリでウキをチョンチョンと震わせたと思ったら、一気に海中へ引き込んでいく。目の前にエンジンをかけた漁船がいるのに構わず食ってきた。これが40pであった。魚色は黒く、当然ながら先程の24pとはまるで引きが違っていた。タモ入れの際に見ていた漁師が歓声を上げていた。彼らにとってもツエは価値のある魚なのだろう。

 その直後同型と思われるものをバラしてしまった。掛りが浅かったのだろう、のみ込ませるべきだ。

 バラシの後はキュウセンベラばかりになり、暫く本物の姿は影を潜めた。

 しかし五時に28pが再び竿を曲げ、六時に最後に食ってきた29pは7号のハリを飲み込んでいた。

 この日の獲物4枚のうち、マキ餌のサナギと押しムギを飽食していなかったのは、最初に釣った24pのみで、あとの40pを含む3枚はすべてこれらを胃内容物としていた。特に最後の29pは腹一杯にマキ餌を食っていた。

 このことから推察すると、チヌの群れはポイントに到着した途端に就餌し、その後はエサ取りの回りで常に様子を伺いながら、隙あらばとサシ餌を狙っていたに違いない。

 初めての場所でもエサ取りのアタリが積極的であるならば、釣れるまで粘るべきである。これは新しく得た教訓であった。
 

 ショウサイフグかクチジロか
 

 次の休日が待ち切れなくなり、休みをとって釣行した。平日であろうと休日であろうとここSセンターは他の釣師が来ないのが魅力であった。誰にもこの場所は教えたくなかった。業者イカダを除いて、40p級の出る場所などなかなか見当たらないのである。

 この日はエサ取りの寄りは前回より少なく、潮もよく動き根がかりも多かった。アケミ貝に食いがいい。釣り始めてから一時間で24pが食ってきた。

 釣座と海面との間に障壁がないので、思わぬことに気づいた。何とチヌの匂いがするのである。今シーズン何枚も釣り上げて、すでに脳裏に刻み込まれているあの独特の匂いが海面下から漂ってくるのである。今まで長い間釣りをしてきて、対象魚の匂いを嗅いだのはこれが最初であった。

 私はすぐ下に群れがいることを直感した。しかもすでに1枚は釣り上がっているのだ。興奮を覚えながら仕掛けを投入すると、すぐにウキは引き込まれた。先程のものとは全然違う鋭い引きである。だが、やり取りする暇もなく、ハリス切れである。ハリスはすり切れたようになり、激しくよじれている。

 呆然となりながらも、ハリスを取り替えて再度投入する。ハリスはフロロカーボンの1.7号、たとえ50p級が掛かろうと切れる筈がない。以前は2号を使っていたが、食い込みのよ
さを考慮して、少しだけ細くしていた。だが、一昔前のナイロンハリスと違い、フロロカーボン製の1.7号は、決してナイロンの2号にひけをとらない。

 またしてもウキは入る。引きは大変強い。しかし、またハリス切れである。今度はハリのチモト上でプッツリと断ち切られている。

 こんな馬鹿なことがあっていいのだろうか、チヌの歯でハリスを噛み切られることはないはずである。引きの強さは先日釣った40pと変わりない。一体このハリスを切っていく魚の正体は何だろう。

 同じ様なことがもう一度続いた。そして2時ごろ、ついに釣り上がってきたのは27pであった。引きはすこぶる強かった。だがこれらの魚がハリスを切っていったとは到底思えない。

 五時過ぎに職人風の人がアジ釣りに現れた。またチヌの匂いがする。少し遠くに投げた。どんなアタリだったのか、記憶にない。三歳魚だと思ったら、大いに逸走する。必死に竿を立てる。とにかく底を切らなければとリールを巻く。釣座が低く不安定なので、平行移動もできないし立つこともできない。おまけに左にはイカダのロープがある。これに巻かれると面倒だ。

 ついに魚影が見えた。ツエだ。

 少し、慌てていた。タモに手を伸ばした隙に、イカダの下に潜り込まれてしまった。さらに獲物はイカダにぶら下げてある貝カゴに巻きついている。

 ますます慌てた。竿を放り出し、タモで獲物を必死で追い回す。しかし、不安定な足場とタモ入れの濁りが災いして、一時は見失ってしまい、もう駄目かと自失する。

 気をとりなおして、今度は貝カゴを手繰り上げた。いた。恨めしそうにこちらをにらんでいる。やっとのことでタモ入れしたが、ハリスも道糸の一部もぐしゃぐしゃであった。

 さんざん苦労して仕留めたこの獲物は38pであった。飲み込んでいたのが、幸いであった。もし、そうでなければ乱暴なタモ入れで、恐らくバラしてしまっていただろう。

 その後、夕暮れ時に28pを釣り上げ、納竿した。この日の釣果は24〜28pが5枚。38p1枚の計6枚であった。

 アジ釣りに来ていた人はAT氏といい、彼に38pを除く5枚を進呈した。ここで釣ったことを内密にしてもらうことを条件に。
 

 Sセンターでは釣行のたびにツエが釣れた。そのサイズは36〜44pであった。ハリスを切っていく魚の正体は、どうもショウサイフグであるらしかった。というのは、所長のKT氏がここには35pを越えるショウサイフグが数多くい
る、といっていたからだ。フグ族の鋭い歯にかかれば、たとえどんなハリスでも断ち切られてしまうだろう。

 ショウサイフグは決して釣り上がってこなかったので、真偽のほどは分からなかったが、もしクチジロであるならばハリス切れは起こらないはずである。たとえ時間はかかっても必ず姿を見せるに違いない。掛けたとき、この魚特有の根がかりのような感じはなかったし、重量感もなかった。

 しかし、「もしや」という気持ちもないではなかった。そうなるとずいぶん悔しい思いである。クチジロを何枚もバラしたとなると悔やみ切れない。

 結局、あれこれ考えても仕方がないので、ショウサイフグと断定することにした。姿を見せない魚のことをあれこれ考えても栓なき事である。深く考えずに実践することも兵法の一つではないか。


釣行記 23に続く

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