地掘りマムシと校長先生
 

 翌日、勤務が終わると堤防に行った。T氏がどれだけの釣果を上げているか楽しみであった。以前も大潮の時は私が30枚、彼は10枚だったから、今日は彼の腕が上達した分だけ、余計に釣っているように思えた。

 ところが、堤防に着いてみると、昨日の夕方、私の釣りを見ていた先生が入れ食いを演じている。型も大きい。次から次へと魚は釣り上げられ、竿は曲りっ放しである。しまいにはダンゴを握るのが、面倒になったのか、サシ餌だけで投げ込んでいた。それでもシラは食いつき、食いに変わりはなかった。

 T氏の方はどうだったかというと、アタリは出ているが、どうもボラのアタリのようだった。今日釣ったのは2枚だけで、例の先生が来た途端に、極めて食いが悪くなり、その後1枚しか釣っていないと言うのである。

 彼はよほどショックだったらしく、もう釣りはやめたとか、私のような弟子は破門にして下さいなどと口走り、半ば拗ねている。
 いったいどういうことだろう。いくら彼が初心者といえども、私が相手のときは10枚釣っているのである。彼と先生との釣座は3mも離れていないのに、こんなに差が出るはずがない。今日はだれも釣れる食いのいい日なのだ。

 私は先生を観察した。ダンゴは市販されているもののようである。ウキはヘラウキ、ハリスに2号位のオモリを噛み潰している。餌は…。

 先生の使っていた餌は、今までに見たこともないようなものだった。それは一応マムシのようであったが、韓国産のように色が赤っぽくなく、こげ茶色をしていた。

 市販のマムシでないことは確かだった。あまりに興味深かったので、聞いてみると、何と彼はわざわざ浜まで行って、自分で掘ってきたのだと言う。

 触らせてもらうと大変柔らかい。市販のマムシは堅いことが欠点で、食い込みは柔らかいミノムシの方がいい。しかし、このマムシはミノムシよりも柔らかく、食い込みが良さそうである。それにミノムシより太いことは市販のものと変わりない。

 マムシがミノムシよりも柔らかいのならば、当然ミノムシよりも食いはいいであろう。

 先生のT氏と違っていたのは餌であった。しかもこのような餌ではT氏でなくとも、太刀打ちできるはずがなかった。この餌の出現により、シラは偏食傾向を示したに違いなかった。

 さらに先生から聞き出したことによると、このマムシは波切の浜の砂地に生息していて、大潮の時にしか採取できず、掘り出すのに二時間もかかり、汗だくになるという。さらに彼はこうして苦労して掘ったものを、大潮以外の日にも使えるように、冷蔵庫で何日も活かしておく方法を発見したというのだ。

 私は大いに驚き呆れた。この人と一緒に釣るのは御免被りたいと思った。絶対に勝ち目はないと確信した。なぜなら、私やT氏にはマムシを掘る術がないではないか。

 恐らくこれからはこのマムシで釣り始めたら、シラは他の餌など見向きもしなくなるだろう。それほど地掘りマムシは、彼らにとって魅力ある餌に違いない。

 T氏の餌はアケミ貝であった。あの先生の隣で釣っていて、1枚でも食わせることが出来たことは特筆ものだ、と後にT氏は語っていた。
 

 校長の独演会
 

 先生は神明に住んでいて、小学校の校長をしていた。校長先生は夏休み中、花壇の手入れでもしておればよいのだが、こともあろうにその後も堤防に通い続けた。

 次の日、勤務から帰るとT氏から電話留守録音のメッセージが届いていた。なんでも今日の早朝から校長が堤防に現れ、二時間で30枚以上釣って帰ったというのである。望遠鏡による観察報告であろう。

 いても立ってもおれなくなり、午後からそそくさと堤防にでかけた。大潮だから大釣りは間違いない。校長が30枚釣ったのだから、入れ食いを予想していた。

 ところが思ったより食いは悪く、以前の大潮の時のように連続して魚は上がってこない。T氏もやってきて、釣り始めるがやはり彼も旗色が悪い。校長が朝から釣り過ぎてしまったから、もう魚はいなくなってしまったのかしら、などとT氏は言う。

 四時を過ぎる頃になったら、何と校長が現れた。朝からさんざん釣りまくったくせに、この人はまだ釣ろうというのだろうか。30枚以上も釣って、同じ日にさらに釣行するとは常人の敷居を越えている。まさか来るとは思っていなかったから、大いに狼狽した。昨日この人と一緒に釣るのは止めようと決意したばかりなのに。

 しかし、まさか帰れともいえないし、先に来ていた私たちが退散するのも癪である。腹を決めてそれなら勝負だと、より集魚効果の高いマキ餌を調合し、校長のマムシに対抗しようとした。

 だが、彼よりも多く打ち返し、必死でダンゴを投げ続けたものの、やはり校長には勝てなかった。彼は釣り始めるやいなや、瞬く間に入れ食いを演じ続けた。再び昨日のように。T氏にとっては三たび昨日と今日の朝のように。

 打ち返しははるかに私の方が多かった。マキ餌の集魚効果も勝っていただろう。が、私の先行した時はたった2枚だけで、あっという間に追い越されてしまった。

 結局、校長は10枚、私は8枚、T氏は4枚であった。しかも校長は後から来てこの釣果だから完敗である。

 一日で40枚以上釣ったことになりますねと、T氏が探りを入れると、いや朝からはそんなに釣ってはいない。ただ40pのキビレは上げたが、午前中は10枚位だったと言っていた。

 地のマムシの威力は、私たちが顔を見たこともない大型の魚も食わせるものだった。とにかく勝負にならなかった。神明堤防での一つの時代が終わった。後しばらくはマムシのパワーに太刀打ちできないだろう。

釣行記 21に続く

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