大江のシラ
 
 そんなときである。たまたま職場が南島に移ったとき、その機会が訪れた。

 FRP工場の工場長をしている知人があって、ボートを作ってもらった。舟型は池などで観光用に使われるものである。非常に小さいもので、一人で舟尾に乗ると体重で舟先が浮き上がり、三人も乗ると沈んでしまう。
 
そんなボートで五月の末のある晴れた休日、南島町の大江という所にキス釣りに出掛けた。
 
大江はリアス式海岸の入り組んだ一番奥にある所であり、波が穏やかなので、小さいボートでも危険ということはない。もと船着き場があったところで、護岸工事がしてある。
 
ボートを車から降ろし、一人でもすぐ出せる便利なところである。余談ではあるがハマグリほどの大きさがあるアサリが春には潮干狩りでき、それでこの場所を知った。

 ボートを出すときにカイヅ釣りに使う、荒びきサナギの袋が捨ててあったのを見た。 その後、何尾かのキスを釣り、浜に帰ってくると、何と釣人が二、三人いるのである。しかも彼らは、鳥羽での紀州釣りのように、そろってダンゴを海に放り込んでいた。
大江浜の見取り図
アサリの掘れた浜
現在の釣り場

 
釣れているのかどうかは聞きもしなかったので分からなかった。

しかし、サナギの袋といい、赤土ダンゴといい、カイヅを昼に狙って釣っていたのではなかろうか。が、季節は初夏、当歳魚のカイヅには早すぎる。
 
クロダイの産卵は三月から五月。春に生まれた新子は、少なくとも秋にならないと釣れるほど大きくはならない。


彼らはシラを狙っていたのではなかろうか。私が釣りたくて夢にまで見た美しいシラをである。


 もはや間違いないと確信した。次の日の出勤前の早朝に、紀州釣りの用意をしていそいそと出掛けた。今度はボートは必要としない。車から降りてすぐ、岸から釣れるのである。こんな便利なことはなかった。

 釣り場に着いたら誰もいなかった。急いで仕掛けを作り、赤土とサナギ粉を混ぜ、海水を加えて耳たぶぐらいの柔らかさに練り上げ、ダンゴにして二つ三つ放り込んでから、ミノムシ(和名スゴカイ・関西名イチヨセ)を餌にして第一投した。
 
すぐアタリが出た。勇んで合わせるとハゼだった。またアタリがあった。今度はフグだった。もともとそんなに簡単に釣れるとは思っていない。1枚でもシラが釣れたらいいのだ。根気よく打ち返し、ダンゴを投げ続けた。
 
一時間くらい経っただろうか。今までのハゼやフグとは少し違う、コツコツとした鋭角的なアタリが出た。一瞬間後ウキは水中へ一直線に引き込まれた。慌てて竿を立てると弧を描いて曲り、鋭い引きが手に伝わってきた。あの鳥羽の夜釣りで初めてシラを釣ったときと同じ引きであった。
 
魚は二、三度抵抗をみせて引き込むとやがて水面に浮いた。求めていた美しいシラがそこにいた。私はそろそろと大事に丁寧に、手元までたぐり上げた。
 魚長は20pくらいであったろう。今から考えると決して大きいものではなかった。しかし、鳥羽で釣れるカイヅ(大きくても15pくらい)よりははるかに大きかった。ヒレをピンと張り、バタバタと跳ねる姿が眩しかった。しばらくしてまた同じアタリが出た。同じようにシラが掛かった。その次もシラだった。
 結局その日は6枚のシラを釣り上げ、半ば呆然と納竿した記憶が残っている。
 
初めて太陽の出ているときに、シラを釣った。しかも6枚もである。夜釣りでもこんなに釣れたらいいほうである。
 
夢が現実になった。その日から私は大江へ頻繁に通うようになった。
釣行記 3 に続く