浅浜の秋
 

 秋が来た。
 
 夏の間は、あまり気分のよい釣りは出来なかった。さんざんボラに悩まされ、チヌは貧果に終わっていた。長い間釣りをしていなかったので、どうも調子が出ないように思われた。それに新しい場所なので、まだ釣場に精通していなかったせいもあるだろう。

 九月は浅浜のチヌはさっぱりだった。かといって他の場所も知らないので、そこら中を偵察して回り、なんとかこの絶好のシーズンをものにしようとしていた。

 今度の職場には、N君という釣り好きの青年がいた。彼は浜島町迫子(ハザコと読む)に在住していて、家の近くでカイヅが釣れているという。
 迫子は私の住む阿児町鵜方から浜島へ向かう中途にある所で、その次の塩屋は以前I氏に聞いていた秋の釣り
場である。そこで、中旬の休日に様子を見にいったら、成程、人がいて釣ってはいたが、当歳魚で15pにも満たない小さなものだった。新子は釣らないことと、今浦以来決めていたのでがっかりした。
 
 次の日出勤すると、N君が昨日浅浜の内側堤防で、手のひらクラスを20枚釣ったという。私が偵察にブラブラしている間に、彼はちゃっかり先に釣ってしまっていた。しかも釣れなくなったと思っていた浅浜でである。まさかとは思ったが、当人が言うのだから間違いない。

 半信半疑で十月の初旬に午後から釣行してみた。平日であったので、うまい具合に他に誰も堤防にはいなかった。

 N君はエビ餌で釣ったと言っていた。だが、エビだけでは心もとなかったので、アケミ貝も持参することにした。

 竿はヘラ竿改造の4m50を使用し、リールは木ゴマ、ウキは固定にし、ハリスは2号にした。夏の間は遠投のために誘導仕掛けにしたり、スピニングリールを使ったりしたが、いずれも釣果は変わらないように思われた。近くで食うわけだし、タナが1ヒロ半なのだから、こちらのほうが扱いやすかった。ハリスもボラを掛けた場合、太い方が有利である。チヌ釣りにハリスの太さなど関係ない。

 ポイントは近くにして釣り始めた。遠かろうと近かろうと、さほど水深に変わりはなく、食いにも影響しないので近いほうが便利だ。

 まもなくモタれるようなアタリがあったので、手首を返すと何とゴンズイである。夜釣りでもあるまいし、こんな魚が昼間釣れるとはろくなことはない。背ビレの毒を持ったトゲは要注意で、ハリ外しはトゲを避けて慎重に行わなければならない。シューズの土踏まずの部分で背ビレを踏んではいけない。薄いので突き抜ける恐れがある。

 ゴンズイで意気消沈していたら、そのあとすぐ本物が食ってきた。大きさは18pである。少し小さいなと思っていたが、その後次々と食いが立ち、一時間ほど入れ食いが続いた。

 型が小さいし、エビを使うことを考えてハリはチンタメバル10号を使ったが、バラシが多く見られた。そこでチヌ4号に交換し、砂を多めにいれてダンゴのバラケ具合を促進したらまた食いが立ち、次から次へと入れ食いである。

 エビで釣ったのは1枚だけで、あとは全てアケミ貝に食わせた。貝は大きいものにアタリがよく出た。結局16〜18pの型を16枚とボラ1尾で夕方納竿したのである。

 今日釣れたのは果たして当歳魚のカイヅかそれとも二歳魚のシラであろうか。判断に苦しんだ。前者にすれば大きい。鳥羽のカイヅなど、この時期にはまだ15pくらいである。南島の大江では、このクラスは梅雨ごろに釣れるものである。そう考えると後者ということになるが、それにしてもアタリが明確すぎて、いかにもうぶな新子という感じだった。

 わけが分からなかったが、とにかく久々の数釣りを楽しんだ。しかし、この数釣りはその後も止まらなかったのである。
 

爆釣浅浜
 

 十月の連休に連続して浅浜へ行った。初日は23枚、次の日は39枚の釣果があった。型は16〜20p。前回釣ったものと同じサイズである。

 アタリはひっきりなしにあった。大抵はハリ掛りしたが、口に掛からなかったり、バラしたり、あるいは食いが止まったりすると、ハリを換えて対応した。例えばチヌ4号で調子が悪くなると、5号に交換し確実にハリ掛りさせた。5号とは釣れるサイズに対して大きすぎるように思うだろうが、4号ではウキを沈めていくものの、スッポヌケてしまうのである。さらに5号で食いが悪くなると、ふところの深い丸セイゴバリに換えて、食い込みを促進させた。

 アタリがあるのにハリ掛りしないときは、ハリは大きい方がいいと知ったのは、晩秋の贄浦で得た教訓である。

 アタリが多いので、最初はダンゴの外にエサを出して握っていたが、後半は通常通りに中に包み込んだ。エサ取りは最初の1尾だけで、あとは全て本物である。本物しかいないときは、エサが早く口に届くようにダンゴの外に出した方がよい。ただ、これもハリの交換と同様ケースバイケースで、臨機応変に対応すべきである。こんな数釣りのチャンスは滅多にないと思い、とにかくあの手この手を出して釣り続けた。

 連休のせいで、釣り人の数が大変多く出ていた。その中で紀州釣りをしていたのは、他に四、五人いたが、釣果はいずれも4、5枚程度で、私ほど数を出していた者は他にいなかった。

 私の隣にいた人は、特にマキ餌もせず、ただ何となしに釣り糸を垂れているといった感じだったのに、何と2、3枚上げていた。私のマキ餌が彼の所に届いたのであろう。チヌの群れの大きい徴候である。

 初日など、釣れた魚に群れの一部が追いかけてくる現象まで見られ、これも魚影が極めて濃かった証拠である。

 ボラもめっきり減り、2日目に3尾釣れただけであった。あれほど夏には悩まされたのに、本物の数が多くなるとこの魚も食ってこない。
 

 中旬の休日、調子をよくして又しても釣行した。ところが午前中に着いたにもかかわらず、堤防は工事をしていて、先端のポイント付近には工事関係者がうろうろしている。まさか工事をしている所へ割り込んでいくわけにもいかないので、堤防の真ん中辺りで竿を出すが、コトヒキの小型ばかりでうんざりした。

 天候は悪く、雨が降ったり止んだりしていた。北西風がかなり強く、海面は波立っている。絶好のコンディションであるのにイライラした。

 昼過ぎになったら工事関係者が揃って飯を食いに行ったので、彼らの留守をいいことにポイントへ移動する。

 最初の一投でフグが釣れ、その後は例によって入れ食いである。仕掛けを降ろして20分と経過していなかった。

 10枚ほど上げた頃、工事関係者が帰ってきた。思った通り、現場監督らしい人が、危険なので釣りを止めるようにと通告にきた。もともと注意されたら止めようと思っていたが、あまりにも食いが立っていたので、どうしても竿をしまう気になれない。そこでなんとか釣らせてくれないかと懇願すると、怪我をしても責任は持てないなどと言う。

 そうか自分で責任を持てばいいのだと、勝手に都合よく解釈して釣り続けた。

 ダンゴの着底時に、ウキトップが海面上5pになるようにタナを取り、ダンゴの割れが早くなるように調整した。アタリはダンゴが割れた直後に出て、鮮やかにウキを消しこんでいく。

 少し型の大きいものは(といっても20pしかないが)前アタリの後完全には消し込まず、トップをある程度残して、数秒間静止させている状態でハリがかりした。これらはそれでも飲み込んでいることがあった。

 夕方になるとかの現場監督が、建築資材が置いてあるのでつまずくと危険だから、暗くなる前に帰るように言いにきた。どうやら追い出すのを諦めたようだ。私は親切にありがとうと礼を言い、彼は苦笑いを残して部下と共に帰って行った。

 その後も入れ食いは続いたが、日没前になるとアタリは止まったので、遂に納竿した。何枚釣ったのか分からない。クーラーはぎっしり満杯でひどく重い。家に帰って数を勘定したら40枚いた。私の数釣のレ
コードである。

 
三回の釣行ですでに百枚を越えてしまった。今年は大変な年になりそうだ。

釣行記 15に続く