こいのぼりとイルカ 後編
こいのぼりは喜びました。夢がかなったのです。うれしくて、うれしくてたまりませんでした。
イルカはこいのぼりの行きたいところに、どこへでも連れて行ってくれます。
ある時は、離れ島の近くを泳いだり、ある時は大きな鯨の群れに出くわしたりしました。
またある時は、見たこともない大きな鮫やマンボウが泳いでいたり、マグロやカツオとも友達になりました。
海は広くてどこまでも大きく広がっています。
イルカは小さくてもパワーがありましたから、こいのぼりをくわえて泳ぐことは苦になりませんでした。
というより、こいのぼりがあまりに喜ぶので、自分が役にたつことがうれしかったのでしょう。
お腹がすくと、イルカは磯や小島まわりの岩に、こいのぼりの口ひもを引っかけておいて、思う存分魚を食べて、その旺盛な食欲を満たすのでありました。ちょうどそのあたりはとても獲物が豊富だったのです。
イルカは成長期でありましたのでしょう。毎日こいのぼりをくわえて泳ぎまわっているうちに、その身体は自然に鍛えられ、ムチのようにしなやかに、鋼のように引き締まっていきました。
そんなわけで、イルカの身体は日増しに大きくなり、もう誰もバカにする者はいなくなりました。それどころか、大きなこいのぼりをくわえて泳ぐ彼を、尊敬のまなざしで見る者も出てきたのです。
ある時、こいのぼりとイルカは磯まわりを泳いでいました。
イルカは突然前に進めなくなったので、さらに大きな力で泳ごうとすると、こいのぼりが悲鳴をあげます。
どうしたのだろうと、後ろを振り返ると、なんとこいのぼりの尻尾が、岩に引っかかっているではありませんか。
イルカは口ひもを離し、こいのぼりの尻尾を何とか外そうとしましたが、深く岩に食い込んでていて、どうしても取ることが出来ません。
そのうちに、他のイルカたちが集まってきて、同じように試みましたが、やはり無理でありました。
どのようにしても、こいのぼりの尻尾は、はずれそうもないので、みんな途方に暮れました。
かわいそうに、こいのぼりはゆらゆらと波に漂うばかりです。
こののぼりは、みんなに向かって言いました。
「ぼくのことは、もういいからみんな行っておくれよ。」
「そんなことはできないよ。君だけおいていけないよ。」
「いいんだよ、もう十分泳いだし、満足できたんだ。これ以上君たちに迷惑をかけられない。」
「何が迷惑なものか、君のおかげでぼくはこんなに大きく、強くなれたんだ。君を見捨てるわけにはいかない!」
特にこいのぼりを引っ張っていたイルカは、なおもあきらめずに、こいのぼりの尻尾をはずそうとするのでした。
しかし、その努力も空しいばかりで、相変わらずこいのぼりの尻尾は、岩に食い込んだままでした。
すべての生物の母なる海は、そこへ救世主を遣わせたのです。
ウミガメが泳いできました。
そして、ウミガメはその堅い丈夫な口で、見事にこいのぼりの尻尾を、はずしてやったのです。
こいのぼりは喜びました。また、イルカたちも喜びました。そうしてイルカは、またもとのように、こいのぼりの口ひもをくわえて泳ぎだしました。けれども、妙なことに気がつきました。変なのです。
まっすぐ泳げないのです。
おそらくは、岩に引っかかっていた尻尾が、取る時に、少しほころびてしまったものと思われます。まっすぐ進まないのは、きっとそのせいなのでしょう。
それを見ていた他のイルカたちは、こいのぼりの両側に寄り添い、方向を誤ると軌道修正を試みました。 おかげでこいのぼりとイルカはもとの通り、思った方向に進むことができたのです。
こいのぼりは尻尾にけがをしたせいか、少し心細くなっていました。また、あこがれた海だけれども、その恐ろしさも十分知ることもできました。それに、家が恋しくなったせいもあるのでしょう。
思えば、家族と別れてからもう何日経つのでしょう。急に家族に会いたくなってきました。
そこで、こいのぼりはそのことをイルカたちに、告げたのでありました。イルカたちはその願いを快く受け入れ、まっすぐに河に向かって泳ぎ出しました。
こいのぼりを中心に据えたイルカの群れは、とうとう河口にたどり着きました。
それは、懐かしい故郷でありました。あたりには、ボラが飛んだり跳ねたりしています。
季節はすでに夏になっていました。どこの家にもこいのぼりはもうあがっていません。
イルカたちは、岸近くにたどり着くと、口ひもをくわえたイルカは、それを杭に引っかけました。
こうしておけば、こいのぼりは流れていくことはなく、きっと誰かに見つけてもらえることでしよう。
こいのぼりは寂しくなりました。生まれ故郷に帰れたことはうれしかったけれども、友達と別れるのが辛かったのです。
短い間でしたが、イルカたちとこいのぼりの間に、かけがえのない友情が生まれていました。
でも、やはりこいのぼりは空に泳ぎ、イルカは海で泳ぐのが、自然なのでありましょう。
お互いに別れを惜しみながら、口ひもをくわえていたイルカを先頭にして、イルカたちは海に帰っていきました。
次の日の夕方のことです。犬を散歩させていた健太君のおとうさんは、杭に引っかかっているこいのぼりを見つけました。
おとうさんはこいのぼりを河からあげると、よく絞ってから家に持ち帰りました。
長い間行方不明になっていたこいのぼりが帰ってきたので、健太君は大喜びでした。
その次の日、お母さんはこいのぼりをきれいに洗濯して、尻尾のほころびを繕ってくれました。
そして、また次の日、こいのぼりは久方ぶりに大空を舞ったのです。
空を泳ぐ爽快感と、家族に会えた喜びをかみしめながら。・・・・
また、遠くの海を泳ぐ友人たちの幸せを祈りながら。・・・・
季節はずれのこいのぼりは、夏空にいつまでも泳いでいたいかのように見えました。
終わり
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