こいのぼりとイルカ
                                    
                                     影絵山人
 
 今年5歳になる健太君の家は川のそばにありました。初夏の風が吹くようになると、健太君の家では大きな鯉のぼりを毎年あげていました。
 こいのぼりたちはさわやかな風をいっぱい受けて、元気よく泳いでいました。
 こいのぼりは、高いところを泳いでいましたので、河口や、その注ぎ先の海を一面に見渡すことができました。
 こいのぼりは川を見渡しながらいつも思っていました。
 川ではボラがいつもはねています。ボラははねると、また水の中に潜り、気持ちよさそうに泳いでいます。そして泳ぐのに飽きると、またはねるのです。ボラはどこにでも好きなところに泳いでいけるし、誰にもじゃまをされることはありません。
 こいのぼりはそんなボラが、うらやましくて仕方がありませんでした。
 こいのぼりたちは、風がいっぱい吹くと、気持ちよく泳ぐことができますが、どこへでも好きなところへ泳いでいけるわけではありません。
 風がやんでしまうと、こいのぼりたちは、だらりと竿に垂れ下がったままで、所在なげにしているだけでした。
 夜には家の中にしまわれてしまいますし、子どもの日が過ぎてしまうと、1年間は外にさえ出られません。
 こいのぼりはそんな自分たちと比べて、自由なボラがうらやましくて仕方がありませんでした。
 いつか自分もボラのように、思い通りに川や海を行ったり来たりしたいと考えるようになりました。
 風が吹いて、思い切り泳げるときは、この風が自分を、川に運んで行ってくれないかと、いつも思っていました。
 でも、いくら風が吹いても、こいのぼりは川へ行けませんでした。こいのぼりたちは、元気に泳ぐことはできても、その口元をつないでいるロープを、離れることはなかったのです。
 「そうだ、このロープが切れるほど、風が強く吹けばいいんだ!?」
  あるとき、こいのぼりは叫びました。
 強い風が吹いて、ロープが切れたら、風に乗って自分は、川まで飛んでいけるかもしれません。川まで行けたら、いつものように泳げるに違いないと考えたのです。
 風よ、もっと強く吹け。
 こいのぼりは真剣にそのことばかりを願っていました。
 あるとき、それはそれは強い風が吹いた日がありました。強い風というより、それは突風でした。あまりにも激しい風だったので、とうとうロープが切れてしまったのです。
 ロープが切れると、他のこいのぼりたちは下に落ちてしまいましたが、一匹のこいのぼりだけは勢いよく空に舞い上がり、そのまま川へ向かって飛んで行きました。
 日頃の願いが通じたのでしょうか、なんとこいのぼりは川面に降り立つことができたのです。
 こいのぼりは喜んで早速泳ごうとしましたが、まるで泳げません。潜ろうともしましたが、長いその体は水面に浮かんでいるばかりです。
 そのうち、川の流れに従って、こいのぼりは川下に向かって流れ出しました。
 川の中にはこいのぼりにとって味方である風は吹きませんでした。
 かわいそうに、こいのぼりはせっかく願いがかなったのに、泳ぐことが出来ず、そのまま海に向かって流れて行ったのです。
 川では、いつものようにボラが跳ねたり、泳いでいるばかりでした。
 
 何日か経った後、こいのぼりは海に浮かんでいました。随分と外洋に流されてしまったようです。
 まわりには膨大な量の水があるばかりで、他には何もなく、たまに船の姿が見えるだけです。
 こいのぼりはとても不安でした。いったいこれからどうなってしまうのだろうと、考えれば考えるほど不安はつのります。
 こんなことなら、馬鹿な夢を見るのではなかったと、今更ながら後悔しました。
 けれども、どんなに不安になろうが、後悔しようが、こいのぼりの身の上には、何の変化も起きそうにありませんでした。
 
 そんなとき、一頭のイルカが、こいのぼりを見つけました。
 このイルカは、他のイルカより身体が小さかったので、皆にバカにされていました。でも、身体は小さくても、泳ぐのは他の者よりずっと速かったのです。
 イルカは普通何頭かの群れで泳いでいるものですが、そんなわけでこのイルカは、いつも一人でいました。
 
 イルカはこいのぼりを最初に見たとき、なんと不思議なものが浮かんでいるのだろうと、首をかしげました。
 身体は魚の形をしているのに、妙に平べったく、海に寝そべっているだけで、全く泳いでいる気配がありません。
 そこで、イルカはちょっとからかってやれと思って、こいのぼりに声をかけました。
 「ねえ、君は魚のくせにどうして泳がないのだい?」
 「泳がないのじゃなくて、泳げないんだよ。」
 「魚が泳げないなんて、変じゃないか。どうして泳げないのだい?」
 そこで、こいのぼりは今までのいきさつを、イルカに話しました。そして、何とか自分が泳ぐことが出来ないかと、相談したのです。
 イルカは、こいのぼりの話を聞くと、
 「じゃあ、僕が君の中に入って泳いであげよう。」
 と、言ったかと思うと、こいのぼりの尻尾のところから頭を入れるとそのまま中に入り、口ひもをくわえて泳ぎ出しました。
 なんということでしょう!
 いままでどうしても泳げなかったのに、こいのぼりはスイスイ泳ぐことが出来るようになったのです。
  
 
後編につづく
BACK